ラターシュ DRC [2000] DRC ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ La Tache 人気ランキング :
定価 : オープン価格
販売元 : 札幌ワインショップ
発売日 :
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価格 : 147,000円

※DRCの商品は全て高級木箱で納品いたします。「ロマネ・コンティ」このワインに名を残すのが18世紀フランスのブルボン王朝の公爵コンティ公なのである。 政治はまるでダメの国王、ルイ15世の寵妃として、陰でフランスを操った、ポンパドール夫人(1721年 - 1764年)との争奪戦が有名です。フランス国王の公式の愛妾となったポンパドゥール夫人は、湯水のようにお金を使って、あちこちに邸宅を建てさせ(現サルコジ大統領官邸エリゼ宮は彼女の邸宅のひとつ)、やがて政治にも口を出す始末。ポンパドール夫人に推されて1758年外務大臣となったリベラル派のショワズールは戦争大臣なども兼務し、およそ10年にわたって事実上の宰相となった。フランスの重農学派ケネーも彼女の主治医であった。ベッドの上でフランスの政治を牛耳った「影の実力者」といえます。ポンパドゥール夫人の有名な言葉は「私の時代が来た!」である。そもそも、ルイ15世(1715年 - 1774年) が、のちのフランス革命の引き金になったと言われ、まったくもって、政治にも無関心で、寵臣やポンパドール夫人に全ての政治を任せ、自分は放蕩の限りをつくしたのであった。特に、ポンパドール夫人が作った、フォンテンブローの森の遊郭「鹿の園」に、毎夜訪れていた絶倫男としても話題に上る事が多い。ポンパドール夫人が30歳から40歳にかけて、寄る年並みには勝てなかったか、ルイ15世は寝室を訪れる事は無くなってきたとか! その頃、ルイ15世が好きだったロマネ畑を手に入れようと、あれやこれやの争奪戦を繰り広げたので有った!その末に、この畑を手に入れたのがブルボン王朝で、諜報部門を牛耳っていたコンティ公なのである。コンティ公は、ここから造られるワインをすべて自家用とし、コンティ公宮殿でしか飲めない「自家用酒」に変えた。自分の名前をつけて「ロマネ・コンティ」という名にしたので有った。ちなみに、「ロマネ」の部分は、古代ローマ時代にまでさかのぼるこの畑を生み出したローマ人への感謝に捧げられているらしい。もし、この争奪戦で、ポンパドール夫人が手に入れたら、畑名は「ロマネ・ポンパドール」と、なったのか?そうなっていたら、今のワイン価格は10分の1だった事は、間違いない!ラ・タ ー シ ュ ロマネ・コンティ畑の南に位置し、斜面の上下に広がるため、上部の重厚さと、下部の繊細さがひとつになって奏でる独特の複雑な深みをもちます。色濃く、凝縮された印象のワインでしばしば「ロマネ・コンティの腕白な弟」と表現されます。DRC 単独所有畑 モノポール

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